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 2010年7月2日更新

映画「夜の大捜査線」
(原題/英語題 In The Heat of The Night“夜の熱気の中で”)

2010年4月25日ケーブルTVChシネフィルイマジカにて鑑賞


『“夜の熱気の中で”街にやってきたもの』


 真っ暗な画面にぼやけた赤い光が見える。その光は上に昇り静かに下へ降りてくる。すぐに鮮やかに輝き出し光は四方に鋭いクロスを描く。十字架か?―フォーカスが合うとそれは長距離列車のヘッドライトだった。
 この冒頭のシーンには、霊的なものの降臨を感じる。列車から降りたバージル刑事(シドニー・ポワチエ)の足元にも、それは不気味な犬の姿となって現れている。バージル刑事はこの時から神の代理となったのだ。
 列車の到着時刻は12時35分のことであった。また殺人事件の被害者の死亡推定時刻は12時30分頃である。それは後からバージル刑事によって決定づけられる。つまりは、犯行が行われた直後、すなわち被害者が死ぬとともに列車は街にやってきたことになるのだ。実は警察署長(ロッド・スタイガー)はこの時刻に到着する列車の存在を知らなかった。まるで幽霊のような列車である。列車から降り立ったバージル刑事はこの世に確かに存在する敏腕刑事である。しかしやはり彼は神の導きで霊に呼ばれたのだ。
 この晩、街は列車の到着とともに“夜の熱気の中で”湧き起こった化学反応のごとく異様な霊気に包まれる。やがて霊気が街の人びとの陰惨な関係を純粋なものに還元して、白日の元にさらけ出すことになっていくのだ。
 警察署長は新任であるらしいが、それ以前の経歴はあかされない。街の中の孤立した存在としてのみ、観客の前に投げ出されている。常にガムを噛んで顔を強ばらせている署長は、地獄の底にいるような閉塞感に満ちたこの街にうんざりしている。白人であろうがなかろうが街に住むすべての人間を軽蔑している。彼には、よそ者の殺人事件はただ面倒なだけの“一案件”に過ぎない。街の人間が犯人だとしたらなおさら面倒になるとしか思っていない。
 早速、犯人らしき若い男が見つかる。署長は、州境の橋を走って逃げる容疑者にパトカーでノロノロと並走して気のない追跡をする。逃げられるものなら川を渡って、どうぞこの地獄を逃げ出したらいいといったような投げやりな感じだ。街に鬱屈した感情を植え付けられた彼への共感が次第に増してきた我々観客は、この気怠く虚無的な振る舞いに親しみさえ覚えるようになる。彼こそこの“地獄”でバージル刑事と我々が唯一出会った、魂を誰にも奪われていない“この世”の人なのだ。(それはこの世に投げ出された孤独な我々自身の姿でもある。)
 せっかく捕まえた容疑者も、バージル刑事によって完膚なきまでにダメだしされる。彼には悪魔にも天界にも通用する人間の理知が備わっている。(だからこそ彼はこの街に使わされたのだ)署長がやむなく部下のサム(ウォーレン・オーツ)を逮捕したのは、よそ者を殺害した容疑者として街の人間を“選ぶ”としたら、街の嫌われ者である警官にしておけば無難であるからだ。倫理や正義より街の秩序を優先しなければならない現状を心ならずも容認せざるをえない。“地獄”の秩序である。―異質なものに対する偏見よりむしろこうして同質の仲間を扱う場面の方が当時のアメリカ社会の欺瞞性が透けて見えて面白い。
 彼が、サムを強引に容疑者にしたのには別の理由もある。このまま捜査のためにバージル刑事を街に留めておくと彼に命の危険が生じるからだ。とりあえずバージルを街から出して、サムはあとから釈放してもよい。署長はバージルへの共感と好意に目覚めたのだ。我々はここにきて殺伐とした“地獄”の風景の中での「孤独と癒し」の瞬間に導かれることになる。署長の家での晩餐後の二人の会話の裏には、まるでカミングアウト寸前ともいえるような“告白”がある。これは神の代理であるバージル刑事への署長の“告界”でもある。だから最後にその魂は救われたのだ。
 エンディング―事件が解決して、朝をむかえ列車が街を離れると“霊的なもの”はバージル刑事の元から天高く舞い上がっていく。もちろんカメラは神の目線だ。“夜の熱気の中で”ひとつの魂が浄化された…。
―こうして我々の魂もいっときの浄化を味わったわけだ。

―サムは、結局“パイ”を食べさせてもらえなくて可哀想だった。食事のシーンがないのも、この街の退廃ムードを盛り上げている。“パイ”はもちろん、あるものの隠喩でもある。それはこの映画では実は案外重要な隠れたポイントである。

※ここでいう“神”とは映画の内容と論理に沿ったもので、筆者の信仰とは全く関係ありません。




出演:ロッド・スタイガー、シドニー・ポワチエ、ウォーレン・オーツ、リー・グラント
監督:ノーマン・ジュイソン
製作:ウォルター・ミリッシュ
原作:ジョン・ボール
脚本:スターリング・シリファント
撮影:ハスケル・ウェクスラー
音楽:クインシー・ジョーンズ
主題歌:レイ・チャールズ
上映時間113分
1967年アメリカ

1967年度アカデミー賞作品賞・主演男優賞(ロッド・スタイガー)・脚色賞・編集賞・音響賞

夜の大捜査線 [DVD]




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